体育研究所 研究プロジェクト

体育研究所 2024年度 研究プロジェクト1「健康に関する生理・生化学的基礎研究」研究業績

【中里浩一】Identification of Genomic Predictors of Muscle Fiber Size

著 者
João Paulo L F Guilherme, Ekaterina A Semenova, Naoki Kikuchi, Hiroki Homma, Ayumu Kozuma, Mika Saito, Hirofumi Zempo, Shingo Matsumoto, Naoyuki Kobatake, Koichi Nakazato, Takanobu Okamoto, George John, Rinat A Yusupov, Andrey K Larin, Nikolay A Kulemin, Ilnaz M Gazizov, Edward V Generozov, Ildus I Ahmetov
掲載雑誌
cells, Volume 13, Issue 14, 1212
概要

骨格筋の筋線維の太さ(CSA:筋線維横断面積)は、骨格筋量や筋力と密接に関係し、その減少はサルコペニア(加齢性筋肉減少症)の主要な特徴とされています。筋線維の大きさは環境要因だけでなく、遺伝的要因にも影響されることが知られていましたが、その具体的な遺伝的背景はこれまで十分に解明されていませんでした。本研究では、これまでに報告された1535の遺伝子多型の中から、速筋線維の太さと関連する遺伝子多型(SNP)を探索しました。その結果、57の遺伝子多型が速筋線維の太さと有意に関連することを見出しました。さらに、これらの遺伝子多型の多くが、UK Biobankコホートにおける握力や、東アジア・東欧のアスリート集団におけるパワースポーツ(短距離走、レスリング、重量挙げなど)適性とも関連していることが明らかになりました。これらの知見は、筋肉量や筋力、さらにはパワースポーツへの適性に影響を与える遺伝的素因の一端を明らかにするものであり、将来的には個別化トレーニングやサルコペニア予防戦略の開発にも寄与することが期待されます。

【中里浩一】Association of the GALNTL6 polymorphism with muscle strength in Japanese athletes

著 者
Ayumu Kozuma, Eri Miyamoto-Mikami, Mika Saito, Hiroki Homma, Minoru Deguchi, Shingo Matsumoto, Ryutaro Matsumoto, Takanobu Okamoto, Koichi Nakazato, Noriyuki Fuku, Naoki Kikuchi
掲載雑誌
Biology of Sport, 42(3): 161–167
概要

本研究では、GALNTL6遺伝子rs558129多型が筋力に及ぼす影響について、日本人のアスリートを対象に検討しました。日本のパワー系競技者と一般の人を比べたところ、全体では違いは見られませんでしたが、レスリング選手にはTT型の保有者の頻度が高いことがわかりました。また、アスリートの膝の伸展筋力との関連性を検討したところ、Tアレル保有者において筋力が高い結果となりました。これらの結果から、GALNTL6遺伝子rs558129多型は筋力に影響し、特にレスリング選手の遺伝特性と関連することが示唆されました。

【中里浩一】Association Among MCT1 rs1049434 Polymorphism, Athlete Status, and Physiological Parameters in Japanese Long-Distance Runners

著 者
Shotaro Seki, Tetsuro Kobayashi, Kenji Beppu, Manabu Nojo, Kosaku Hoshina, Naoki Kikuchi, Takanobu Okamoto, Koichi Nakazato, Inkwan Hwang
掲載雑誌
Genes, 15(12): 1627
概要

本研究では、運動後の血中乳酸濃度との関連することが知られているMCT1遺伝子T1470A多型が、日本人長距離ランナーにおける持久力や有酸素性能力に及ぼす影響について検討しました。その結果、競技レベルが高いほどAA型保有者(運動後の血中乳酸濃度が低いことが報告されている)の頻度が高く、さらにAA型保有者は乳酸性閾値時の最大酸素摂取量や、最大酸素摂取量が有意に高い結果となりました。これらの結果から、MCT1遺伝子のT1470A多型は、日本人長距離ランナーの有酸素運動能力に影響することが示唆されました。

【鴻﨑香里奈、中里浩一】Effect of the ACTN3 R577X Polymorphism on Serum Creatine Kinase and Interleukin-6 Levels after Maximal Eccentric Exercise

著 者
Minoru Deguchi, Hiroki Homma, Kathleen Y. de Almeida, Ayumu Kozuma, Mika Saito, Yosuke Tsuchiya, Karina Kouzaki, Eisuke Ochi, Takanobu Okamoto, Koichi Nakazato, Naoki Kikuchi
掲載雑誌
American Journal of Physical Medicine & Rehabilitation, 1;104(5):415-421
概要

本研究は、ACTN3 R577X遺伝子多型が伸張性運動後の筋損傷および炎症反応に与える影響を検討したものです。95名の日本人若年者が最大努力による上腕の伸張性運動を実施し、運動前後および1~4日後および5日後に筋力、可動域、筋痛、クレアチンキナーゼ(CK)、インターロイキン6 (IL-6)を測定しました。その結果、CK値の変化にはACTN3遺伝子多型による有意な違いが見られ、特にXX型(ACTN3が発現しない群)ではCK値が高くなる傾向が確認されました。このことから、ACTN3遺伝子多型は筋損傷の指標に影響を与える可能性があることが示唆されました。

【中里浩一】Muscle Performance as a Predictor of Bone Health: Among Community-Dwelling Postmenopausal Japanese Women from Setagaya-Aoba Study

著 者
Takahisa Ohta, Hiroyuki Sasai, Naoki Kikuchi, Koichi Nakazato, and Takanobu Okamoto
掲載雑誌
Calcified Tissue Internationa, Volume 115, 413-420
概要

骨粗鬆症は、特に閉経後女性にとって深刻な健康問題であり、骨折リスクの増加や生活の質(QOL)低下に直結します。効果的な予防・早期発見には、簡単に実施できるスクリーニング手法の開発が求められています。本研究では、閉経後日本人女性1055名を対象に、筋力を測る「30秒間椅子立ち上がりテスト(CS-30)」が骨の硬さの指標となるか否かを検証しました。さらに、テストの回数と骨の健康状態との関係を詳しく分析し、リスクを見分けるために最適な基準回数を統計的に導き出しました。その結果、「24回以下」の記録であった女性は、「25回以上」の記録を出した女性に比べて、骨の硬さが低下しているリスクが有意に低いことがわかりました。この成果は、特別な医療機器を使わずに、簡単な動作テストだけで閉経後女性の骨粗鬆症リスクを見つけ出す新たな方法を示しています。今後、健診や健康づくりイベントなどに活用されることで、骨折予防や健康寿命の延伸に大きく貢献することが期待されます。

【田村優樹】Characteristics of T2* and anisotropy parameters in inguinal and epididymal adipose tissues after cold exposure in mice

著 者
Madoka Ogawa, Hinako Oshiro, Yuki Tamura, Minenori Ishido, Takanobu Okamoto, Junichi Hata
掲載雑誌
Scientific Reports, Volume 14 Issue 1, 29491
概要

白色脂肪細胞は、寒冷曝露により「褐色化」を起こし、熱産生能を持つベージュ脂肪細胞へと変化します。これらの細胞は多くのミトコンドリアと熱産生に関わる脱共役タンパク質1(UCP-1)を持ち、多胞性の脂肪滴が特徴です。寒冷曝露による白色脂肪の褐色化は、血管や交感神経線維の増加を伴うことが知られており、脂肪組織内での水分子の拡散特性にも影響を及ぼすと考えられてきました。本研究では、MRIを用いて脂肪組織のT2値および拡散テンソルイメージング(DTI)パラメータ(FA、ADC、RD、固有値λ1–3)を測定し、寒冷曝露が脂肪組織に及ぼす影響を詳細に解析しました。その結果、特に寒冷曝露群では、鼠径部白色脂肪組織(iWAT)および精巣上体白色脂肪組織(epiWAT)のλ3値が有意に増加していることが明らかになりました。また、T2値も脂肪組織間で特有のパターンを示しました。これらの知見は、脂肪組織の可塑性、特に「褐色化」を非侵襲的に評価できる新たなマーカーとして、T2*値や拡散異方性パラメータが有望であることを示唆しています。将来的には、肥満や代謝疾患に対する新たな診断・治療戦略の開発にもつながる可能性が期待されます。

【田村優樹、鴻﨑香里奈、中里浩一】Post-exercise hot-water immersion is not effective for ribosome biogenesis in rat skeletal muscle

著 者
Takaya Kotani, Yuki Tamura, Karina Kouzaki, Kazushige Sasaki, and Koichi Nakazato
掲載雑誌
American Journal of Physiology – Regulatory, Integrative, and Comparative Physiology, Volume 327 Issue 6, R601-R615
概要

骨格筋の肥大は、レジスタンス運動を繰り返し行うことで促進されますが、その過程においてリボソーム生合成の活性化が重要な役割を果たします。リボソームは筋タンパク質合成に不可欠な構造体であり、その生成が筋肥大の基盤を支えています。温水浴は、運動後の回復法として広く用いられ、mTORシグナル伝達経路を活性化することが知られています。しかし、これまでにリボソーム生合成に与える影響については明らかではありませんでした。本研究では、ラットモデルを用いて、単独の温水浴および運動後の温水浴が骨格筋のリボソーム生合成に与える影響を詳細に検討しました。その結果、単独の温水浴や運動後の温水浴によって、リボソーム生合成を司るc-Mycの遺伝子発現量は上昇しましたが、リボソームRNA(28S rRNA、18S rRNA)やリボソームのタンパク質量は増加せず、むしろ減少傾向が見られました。これらの結果から、運動後の温水浴は筋肥大に必要なリボソーム生合成を少なくとも促進するものではないことが示唆されました。本研究は、運動後の回復戦略を見直す上で重要な示唆を与えるものと考えられます。

【鴻﨑香里奈、田村優樹、中里浩一】Acute high-intensity muscle contraction moderates AChR gene expression independent of rapamycin-sensitive mTORC1 pathway in rat skeletal muscle

著 者
Yuhei Makanae, Satoru Ato, Karina Kouzaki, Yuki Tamura, Koichi Nakazato
掲載雑誌
Experimental Physiology, Volume 110 Issue 1, 127-146 2025
概要

レジスタンス運動後の筋肉においては、mTORC1シグナルの活性化が筋肥大に重要な役割を果たすことが知られていますが、神経筋接合部(NMJ)の維持に関わるアセチルコリン受容体(AChR)サブユニット遺伝子の発現との関連性は十分に解明されていませんでした。本研究では、ラットを対象とした電気刺激によるレジスタンス運動を実施し、AChRサブユニット遺伝子およびNMJ関連因子(Agrin、MuSKなど)の発現変化と、関連するシグナル伝達経路(mTORC1、Akt-HDAC4)の動態を時系列で解析しました。その結果、筋収縮直後の早期回復期ではAgrnの発現増加が、また後期回復期ではAgrn、MuSKおよび複数のAChRサブユニット遺伝子の発現変動が観察されました。一方で、これらのAChRサブユニット遺伝子の発現量の変化は、ラパマイシン(mTORC1阻害剤)の投与によっても阻害されないことが確認されました。これらの結果は、筋収縮に伴うNMJ構成要素の変化は、mTORC1経路とは独立して調節される可能性を示唆するものであり、神経筋接合部の適応メカニズムに関する新たな知見を提供するものです。今後、筋機能維持や神経筋疾患の治療戦略開発への応用が期待されます。

【鴻﨑香里奈、中里浩一】Pulsed electromagnetic fields attenuate human musculocutaneous nerve damage induced by biceps eccentric contractions

著 者
Karina Kouzaki, and Koichi Nakazato
掲載雑誌
Bioelectromagnetics, , Volume 46 Issue 1, e22525
概要

特に骨格筋を引き伸ばしながら力を出す「伸張性収縮」は、筋肉だけでなく神経にもダメージを与えることが知られています。これに対し、パルス電磁場(PEMF)療法は、非侵襲的な方法で神経損傷を軽減する可能性がある治療法として注目されています。本研究では、上腕二頭筋に伸張性収縮運動を行った後、磁気刺激を施すことで、神経と骨格筋の回復を促進できるか否かを検討しました。その結果、磁気刺激を受けなかった対照群では運動2日後に神経機能の悪化がみられた一方、磁気刺激群では筋力回復、可動域の改善、筋肉痛の軽減がより早く進む傾向が見られました。特に、磁気刺激直後には筋肉痛が有意に減少しました。これらの結果から、磁気刺激療法は、伸長性収縮運動による神経損傷の軽減と筋機能回復を促す有効な手段となる可能性が示されました。今後、スポーツ現場やリハビリテーション分野での応用が期待されます。