子どものからだ研究所 お知らせ

お知らせ 2025.04.01 新年度挨拶

総合科学としての「子どものからだ学」

そもそも,人の健康にはそれぞれの時代や社会情勢が反映します.もちろん,時代背景や社会情勢がもたらす健康被害は子どもに限ったことではありません.ただ,その影響を大きく受けるのが子ども,女性,障がい者,高齢者等といった生理的弱者です.実際,子どもの健康が子どもを取り巻く社会に影響されていることは古くから指摘されてきました.また,これらの指摘が単なる空論でないことは,歴史もそれを物語っています.

戦後日本の子どもの健康課題は,劣悪な衛生状態による感染症や寄生虫病,あるいは食糧難の栄養不足による虚弱児や脚気等といった問題にはじまりました.そして, 1960年代の高度経済成長期には国民生活がみるみる便利で快適なものに変貌していきました.テレビ,洗濯機,冷蔵庫が家電製品の「三種の神器」と呼ばれていた時代です.また,1964年の東京オリンピック開催も追い風となって,大規模なインフラ整備も一気に進みました.そのような中,子どもの健康という点では「公害病」が噴出しはじめました.加えて,「むし歯」や「視力不良」といった問題,あるいは「背中ぐにゃ」や「朝からあくび」,「すぐ“疲れた”という」,「朝礼でバタン」等々,病気や障がいとはいえないものの,さりとて健康ともいえない「からだのおかしさ」の問題事象が保育・教育現場で指摘されはじめました.いわば,「からだのおかしさ散見期」です.

さらに,高度経済成長期が終焉を迎え,安定経済成長期に移行した1970年代を経て,その低成長期を脱却,バブル期の到来を迎えた1980年代後半頃になると,多くの国民が一層便利で快適な生活を手に入れることになり,「むし歯」や「視力不良」に加えて「アレルギー」の問題も表出しはじめました.それだけでなく,当初は保育・教育現場といった一部の専門家だけのものであった「からだのおかしさ」の実感も,誰もが心配する問題に膨れ上がっていきました.いわば,「からだのおかしさ顕在期,拡大期」です.

その後,1990年代にはバブル期が崩壊し,経済の停滞期が続きます.いわゆる「失われた10年」と称される時期です.すると,暮らしや将来への不安と悩みが日本中に広がり,子どもにおいてもいわゆる「心」の身体的基盤ともいえる前頭葉機能の異変で確認される「人間的危機」の様相が確認されはじめました.さらに,続く2000年代には追い打ちをかけるようにアメリカでの同時多発テロやリーマンショック後の世界同時不況の発生が世界中に伝播しました.すると,日本も深刻な不況に陥って,貧困問題が顕在化しはじめ,生命維持やからだの調子と関連が深い自律神経機能,体温調節機能,睡眠・覚醒機能等の異変で確認できる「動物(ヒト)的危機」の様相を呈することになります.いわば,「人間的危機の表出期」,「動物(ヒト)的危機の表出期」です.

今年(2025年)は,戦後80年の節目の年に当たります.節目の年を迎えたいま,改めて戦後日本における子どもの健康課題の変遷を追ってみると,当たり前のように社会の影響を受けている様子を確認することができます.そして思います.「子どものからだ学」が人文科学に収束されるわけでも,自然科学に収束されるわけでも,社会科学に収束されるわけでもないこと,それらのすべてを守備範囲とすべき総合科学であることを!

2025年4月

子どものからだ研究所 所長 野井真吾