
オリンピック出場選手 | パラリンピック出場選手 | スタッフ | 日体大とオリンピック | 日本体育大学 冬季オリンピック入賞者の記録
2010.1.29更新(本学広報課調べ)
■オリンピック出場選手
写真提供:日体大スポーツ
チーム青森の一員としてトリノオリンピック(7位)からの連続出場。
トリノ後も数々の大会のおいて優秀な成績を残し、2009年の第26回日本カーリング選手権では優勝を飾り、バンクーバー大会への弾みをつけた。
写真提供:PHOTO KISHIMOTO

佐々木 明(スキーアルペン)
体育学部体育学科出身
所属:エムシ
1981年生まれ
北海道出身
北照高校ー日体大
182cm 88kg 28歳
ジュニア時代から将来を嘱望され、五輪後のワールドカップ志賀高原大会で、自身3度目の2位に入賞。この表彰台は、国内で開催されたワールドカップでの日本人初の表彰台である。3大会連続出場。
写真提供:PHOTO KISHIMOTO

皆川 賢太郎(スキーアルペン)
体育学部体育学科出身
所属:竹村総合設備
1977年生まれ
新潟県出身
北照高校ー日体大
173cm 85kg 32歳
長野オリンピックから4連続大会出場。トリノオリンピック回転4位の実績をもち、短いスキーを選択し、その戦闘力を最初に証明した選手の一人として、「スキーの革命児」として活躍。
■パラリンピック出場選手
サッカー部で活躍していた大学1年次に交通事故で受傷(左腕機能障害)。大学の「障害者スポーツ」の授業を担当している野村一路准教授の勧めで「スキーで世界を目指す」ことを決意。2大会連続出場。
■スタッフ
写真提供:本人

櫻井 知克士
(スピードスケートコーチ)
体育学部体育学科出身
所属:帯広スケート連盟(緑園中学校教員)
1967年生まれ
北海道出身
帯広三条高校ー日体大
今大会注目の日本スピードスケート史上最年少で出場する高木美帆選手を指導しており、今大会もコーチとして参加。在学中は、スケート部主将として活躍した。
【櫻井知克士さんからのメッセージ】
『日本体育大学の卒業生であることに誇りを持ちオリンピックに参加してきます。大学卒業から20年経ち、指導者として教え子の晴れ舞台をしっかりとサポートしたいと思います。他の種目の日体大関係者と共に最高のパフォーマンスをお見せしたいと思います。応援を宜しくお願いします。』
■日体大とオリンピック
~日本のメダル総数の1/4を本学関係者が獲得~
学校法人日本体育会および日本体育大学の歴史は、近代オリンピック史とともにあります。1928年に開催された第9回アムステルダム大会での陸上競技・棒高跳びの中澤米太郎(6位入賞)を皮切りに、現在に至るまで金メダル33個、銀メダル34個、銅メダル41個、入賞者数(4位~8位)123人という輝かしい実績をあげています。1964年の東京オリンピックにおいては、多数の選手や役員を送り込んだことはもちろんのこと、その運営にあたって、開会式のリハーサルや補助役員として全学をあげて協力しました。東京オリンピックの成功、「スポーツ」奨励、普及に寄与したといえます。これを境により鮮明にトップアスリートの育成の方針を打ち出し、その結果としてどこの大学よりも多くのオリンピック選手を輩出しています。
■日本体育大学 冬季オリンピック入賞者の記録
大会 | 記録 | 入賞者 | 競技 |
第15回カルガリー大会(1988) | 5位 | 青柳 徹 | スピードスケート 1500m |
第17回リレハンメル大会(1994) | 6位 | 楠瀬 志保 | スピードスケート 1000m |
第18回長野大会(1998) | 6位 7位 8位 |
近藤 陽子 野明 弘幸 青柳 徹 |
アイスホッケー スピードスケート 1500m スピードスケート 1500m |
第20回トリノ大会(2006) | 4位 7位 |
皆川 賢太郎 本橋 麻里 |
アルペン 男子回転 カーリング |
※青柳 徹は、本学准教授