オリンピック・パラリンピックについて

オリンピック
古代オリンピック
祭典競技には古代のギリシア人の思想、生活が色濃く反映されており、オリンポスの神々への信仰と肉体賛美が結びついて始まりました。
紀元前8世紀ごろ、古代ギリシアは多くのポリス(都市国家)の集まりであり、ポリス間の争いが絶えませんでした。またオリンピアの領有を巡っては、エリスとピザという隣国が争いを続け、感染病の流行にも悩まされていました。エリスの王は行き詰まり、神殿で祈りを捧げたところ「争いをやめ競技会を復活せよ」という神の託宣を受けました。それに従い、紀元前776年にオリンピアで競争を行ったのが、古代オリンピックの始まりだと言われています。古代オリンピック開催の間だけはギリシア全土にわたり、休戦協定(エケケイリア)が結ばれ、祭典期間の5日間を含め前後3ヶ月間は国内外のすべての争いごとの禁止や刑の執行停止などが徹底されていたのです。
国力を増していたローマに制服された、紀元前1世紀から5世紀にかけてのローマ時代においても、異教徒ローマの支配のもとに競技会は続けられていましたが、古代ローマ帝国のテオドシウス1世が392年に発した「異教徒禁止令」が発布されたことにより、1169年間、4年毎に行われていた古代オリンピアは西暦393年の第293回大会をもって幕を閉ざしました。
近代オリンピック
フランスの教育者であり思想家であったピエール・ド・クーベルタン男爵は、教育革命のためイギリスに視察に行った際、スポーツによる教育とその自由さに感銘を受け、古代オリンピックを復興させることを目指しました。古代オリンピック当時の姿を理想とし、1894年にパリで開催された国際会議において、オリンピックの復興と国際オリンピック委員会(IOC)の創設を提案しました。クーベルタンの主張は満場一致で可決され、1896年に近代オリンピック第1回大会がアテネで開催されたのです。
クーベルタンが思い描いていたオリンピックがもつ根本的な考え、すなわちオリンピズムは、競技信仰の観念や高貴さと純粋さ、城内平和、オリンピヤード、人類の春、芸術と精神を加えた美などといった概念を有していました。その後、オリンピズムはその時代と風潮にあわせて幾度と見直され、現代的な価値を付与したオリンピズムは、根本原則、オリンピック・ムーブメント、IOCや国内オリンピック委員会(NOC:National Olympic Committee)の役割、オリンピック競技大会の内容が定められている、オリンピック憲章の中で以下のように定義づけられています。
- オリンピズムは人生哲学であり、肉体と意志と知性の資質を高めて融合させた、均衡のとれた総体としての人間を目指すものである。スポーツを文化や教育と融合させるオリンピズムが求めるものは、努力のうちに見出される喜び、よい手本となる教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などに基づいた生き方の創造である。
- オリンピズムの目標は、スポーツを人間の調和のとれた発達に役立てることにある。その目的は、人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある。
(2011年版オリンピック憲章、日本オリンピック委員会)
古代オリンピックにならい、スポーツを通じてより平和な世界をつくることを唱え、この思想は国際連合にも支持され、関係機関と協力しながらオリンピック休戦を推進しています。1998年にはギリシャのアテネに国際オリンピック休戦センターも設置され、オリンピック期間だけでなく、オリンピック休戦の精神を世界に発信しています。
また選手たちは決められたルールを守り、正々堂々と力の限り競い合う、フェアプレー精神が求められます。不正せず、ルール内で真剣に勝負することが大切なほか、勝敗を超えてお互いを認め合い、たたえ合う態度もフェアプレー精神に含まれます。4年に一度の祭典はトップアスリートたちが最高のパフォーマンスを発揮、全力でプレーする選手たちの姿に、観客のわたしたちはスポーツの素晴らしさや人間性に触れて感動するのです。フェアプレーは人間の成長と世界の平和を目指すことがオリンピックでは大切にされています。
それはオリンピックの価値を卓越、敬意/尊敬、友情という三つのキーワードおよび「より速く、より高く、より強く」(ラテン語:Citius, Altius, Fortuis)というモットーにも秘められていて、「より高いパフォーマンスを通して、人間の完成に向けて永久に励む(努力する)こと」を意味するこの言葉は、単に競技力の向上だけではなく、競技力を高めていく中で、人間としても日々向上していくことを目指す想いが込められています。古代オリンピックを基に復活された近代オリンピックにおいて、古代オリンピック当時の平和思想や選手への称賛、不正防止といったレガシーが受け継がれているのです。
パラリンピック
もう一つのオリンピック
パラリンピックは障がい者を対象として行われている、国際競技大会で、4年に一度、オリンピック終了後に同じ会場を使用して開催されています。
1948年、第14回ロンドン大会の開会式の日に、イギリスのストーク・マンデビル病院でリハビリ治療の一環としてドイツ人医師のルートヴィヒ・グットマンにより開催された、車いす患者によるアーチェリー大会がパラリンピックの原点と言われています。大会に参加していた患者のほとんどは第二次世界大戦で負傷した元兵士で、当初は障がい者の治療・リハビリという側面が強かったものの、近年は競技スポーツとして回を重ねるたびに、全ての人が尊重され、共生する社会を目指す機会として、注目度が増しています。
パラリンピックという名前の意味もその風潮とともに変化してきました。もともとは脊髄損傷による下半身のまひを意味するパラプレジア(Paraplegia)からくる「パラ」でしたが、脊髄損傷者だけでなく、視覚障がい者や四肢に障がいのある方など選手層の拡大により、もう一つ、並列のを意味するパラレル(Parallel)の「パラ」とオリンピックの造語で、1988年ソウル大会以降、オリンピック大会開催後に同じ年で同じ会場を使用して開催されていることから、もう一つのオリンピックとして正式に「パラリンピック」として広まっています。
パラリンピックには、勇気、強い意志、インスピレーション、公平の4つの価値があると国際パラリンピック委員会(IPC: International Paralympic Committee)は掲げています。オリンピック選手同様、高い目標を掲げながらトレーニングに励み、厳しい予選を通過して大会に出場するトップアスリートです。「失われたものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」という言葉を、ルートヴィヒ・グットマンが残しているように、残された機能を最大限に生かし、常にチャレンジし続ける精神を選手たちは持ち続けているのです。
パラリンピックは大会を重ねるごとに競技や参加者が増えていますが、東京2020パラリンピック競技大会では22の競技が予定されています。
