体育研究所

体育研究所
Home > コラム:データの妥当性─短距離走での反応時間0.100秒を例に─

データの妥当性─短距離走での反応時間0.100秒を例に─

 新しいトレーニング方法の効果を検証したり、練習から試合当日までの選手のコンディショニングが順調であるかを評価したりする上では、測定データの妥当性の高さが求められます。ここで今一度、データの妥当性について、研究を進める上で確認の意味も含めて紹介をさせて頂きます。

 データの妥当性が高いとは、出てきた値に誤差が含まれていないことです。データ測定では、可能な限り、測定値に誤差が含まれていない努力をする必要があり、研究者はその努力を細かく論文で示すことが求められています。そうでなければ、パフォーマンスを過大評価してしまったり、過小評価してしまったりと、選手やコーチに対し勘違してしまう情報提供をしてしまう可能性が出ます。

 陸上競技短距離走では、選手はスターターの鳴らす号砲を聞き、その後、一斉に走り始めます。現場では、しばしば「今のスタートはフライングだろう!!」や「私は動いていなかった!!」と、号砲に反応したか否か、という判定で問題が起こり、レースが一時中断することがあります。失格となるか否か。白黒はっきりします。そのため、選手も観客もそして審判の方々全員が緊張感を覚えます。特に100m走の決勝レースといった花形の種目では、号砲が鳴る直前、会場が一体となって固唾を呑みます。選手が音に反応したか否かは、審判の目視だけでの判定では困難となります。そこで大きな国際競技会では、選手全員が使うスターティングブロックに力センサや加速度センサが埋め込まれ、反応時間が測定されている訳です。号砲が鳴ってから0.100秒未満の反応時間で選手はスタートをした、と判定されると、選手は一発で失格という厳しい現実を突きつけられます。そのため、瞬時に測定されるスタート時の反応時間が妥当であるかは、選手の競技人生自体を大きく左右することがあります。

 この「0.100秒未満」ですが、科学的に議論されるべき問題となっています。そもそも、ヒトのスタートダッシュは、下半身だけでなく、上半身を含めたシステム全体で遂行されます。そのため、反応時間を測定するのであれば、スターティングブロックに加わる力だけでなく、手が接している地面に加わる力によっても評価されるべきです。最近のスタートダッシュの研究では、足よりも手で外部環境に力を加えるタイミングの方が0.007秒早いことが明らかとなっています。これは、単純に物理的に運動指令を出す脳から、腕までの物理的距離が、脚までの距離よりも短いため、運動指令が到着するタイミングが早いからであると考えられています。そのため、「そもそも足で反応時間を測定することが妥当なのか?」や「フライング判定をする反応時間のカットオフラインは、0.100秒というキリの値でよいのか?」との疑問がバイオメカニクス分野において議論があがっています。現行のルールが定められている以上、選手たちはそれに従う義務がある一方で、科学的な根拠に基づいたルール改正が求められているのではないでしょうか?

 研究プロジェクト5では、競技力向上のための効果的なトレーニング方法およびコンディショニングに関する研究を進めることとなっています。今一度、データに誤差が含まれていないかを確認しながら、プロジェクトを進めていきたいです。

このページの上部へ

交通アクセスサイトポリシー個人情報保護ポリシー

Logo copyright Nippon Sport Science University, All rights reserved.