【出場選手及び関係役員】

オリンピック
回数 開催年 開催地 日体大出身選手・関係者名  成績・参考事項
10 1932(S7)年 ロサンゼルス
男子団体初参加(5ヶ国中最下位)
男子選手 佐々野利彦
武田 義孝
初の国際舞台へ進出
欠食児童の如く遮二無二技能をつめこみ帰国する。
11 1936(S11)年 ベルリン
男子団体参加(14ヶ国中9位)
男子選手 有本 彦六
三宅 芳夫
曽根 道貫
国際交流に恵まれない日本に対してこれだけ進出した努力と素質は
世界の体操界の注目を引いた。
12 1940(S15)年 東京・ヘルシンキ (中止:第2次世界大戦)
13 1944(S19)年 ロンドン (中止:第2次世界大戦)
14 1948(S23)年 ロンドン (日本不参加)
15 1952(S27)年 ヘルシンキ
男子団体参加(32ヶ国中5位)
男子監督 佐々野利彦
男子選手 竹本 正男 (つり輪6位・跳馬2位)
上迫 忠夫 (徒手2位・跳馬3位)
16 1956(S31)年 メルボルン
男子団体銀メダル
男子コーチ 中島 想知
男子選手 竹本 正男 (個人4位・つり輪3位・跳馬6位・平行棒3位)
相原 信行 (徒手2位・平行棒6位)
河野  昭
女子団体6位(初参加)
女子選手 田中 敬子 (徒手4位)
17 1960(S35)年 ローマ
男子団体金メダル(初優勝)
男子コーチ 上迫 忠夫
男子選手 鶴見 修治 (個人4位・あん馬3位)
竹本 正男 (個人4位・平行棒6位・鉄棒2位)
相原 信行 (徒手優勝・つり輪5位・平行棒6位)
女子団体4位
チームリーダー 荒川 御幸
女子選手 池田 敬子 (個人6位・段違い平行棒5位・平均台5位)
虻川 吟子
白須 俊子
日本男子体操ついに世界一の座につく。
18 1964(S39)年 東 京
男子団体金メダル(2連覇)
総監督 佐々野利彦
男子コーチ 竹本 正男
男子選手 鶴見 修治 (個人2位・あん馬2位・つり輪5位・跳馬4位・平行棒2位)
山下 治廣 (個人6位・あん馬4位・跳馬優勝)
相羽 好弘
女子団体銅メダル
チームリーダー 荒川 御幸
女子コーチ 城田由美子
女子選手 池田 敬子 (個人6位・平均台6位)
相原 俊子 (跳馬4位・段違い平行棒4位)
千葉 吟子
日本男子地元開催にて見事連覇を果たす。
山下(現松田)治廣はヤマシタとびを発表した。
19 1968(S43)年 メキシコ
男子団体金メダル(3連覇)
総監督 佐々野利彦
男子コーチ 竹本 正男
男子選手 監物 永三 (個人4位・ゆか6位・あん馬5位・跳馬6位・平行棒5位・鉄棒3位)
塚原 光男 (ゆか4位・つり輪4位)
女子団体4位
チームリーダー 荒川 御幸
支援コーチ 池田 敬子
女子審判員 千葉 吟子
女子選手 香取 光子
橋口佳代子
松久ミユキ
小田千恵子
日本男子体操が世界の体操界に圧倒的な強さを見せる。
塚原光男は跳馬でツカハラとびを発表した。
20 1972(S47)年 ミュンヘン
男子団体金メダル(4連覇)
総監督 竹本 正男
男子コーチ 鶴見 修治
男子選手 監物 永三 (個人2位・ゆか4位・あん馬3位・つり輪5位・平行棒3位・鉄棒4位)
塚原 光男 (つり輪3位・鉄棒優勝)
岡村 輝一
女子団体7位
チームリーダー 千葉 吟子
女子審判員 荒川 御幸
女子選手 松久ミユキ
坂 佳代子
平島 栄子
羽生 和永
長谷川たかこ
塚原光男は鉄棒の月面宙返りを発表し、優勝した。
21 1976(S51)年 モントリオール
男子団体金メダル(5連覇)
総監督 竹本 正男
男子審判員 岡村 輝一
男子選手 監物 永三 (個人6位・ゆか3位・あん馬2位・つり輪5位・鉄棒5位)
塚原 光男 (個人3位・跳馬2位・平行棒3位・鉄棒優勝)
藤本  俊
女子団体8位
チームリーダー 塚原千恵子
女子コーチ 松田 治廣
女子選手 広中ミユキ
吉川智恵子
真野 郷子
藤本俊は競技中怪我によるアクシデントにもめげず…。
22 1980(S55)年 モスクワ(日本不参加)
男子コーチ 阿部 和雄
男子選手 梶谷 信之
具志堅幸司
外村 康二
チームリーダー 荒川 御幸
ソビエト軍によるアフガニスタンへの武力侵攻からアメリカをはじめとする
西側諸国がモスクワ五輪への不参加を決定。
23 1984(S59)年 ロザンゼルス
男子団体銅メダル
FIG委員 滝沢 康二
総監督 阿部 和雄
男子コーチ 監物 永三
男子審判員 千葉 敬伍
男子選手 具志堅幸司 (個人優勝・つり輪優勝・跳馬2位・平行棒5位・鉄棒3位)
森末 慎二 (跳馬2位・鉄棒優勝)
梶谷 信之 (あん馬6位・平行棒2位)
外村 康二 (ゆか3位)
小西 裕之
女子団体6位
チームリーダー 塚原千恵子
女子コーチ 塚原 光男
女子審判員 坂 佳代子
小西裕之は出発1週間前の壮行演技会において
アキレス腱を断裂し、涙をのんだ。
24 1988(S63)年 ソウル
男子団体銅メダル
FIG委員 滝沢 康二
男子審判員 監物 永三
三輪 康廣
男子選手 小西 裕之
山田 隆弘
女子団体12位
チームリーダー 塚原千恵子
女子コーチ 塚原 光男
25 1992(H4)年 バルセロナ
男子団体銅メダル
FIG委員 滝沢 康二
総監督 監物 永三
男子コーチ 小西 裕之
男子審判員 三輪 康廣
男子選手 畠田 好章 (個人13位・あん馬6位・鉄棒5位)
池谷 幸雄 (個人23位・ゆか2位・つり輪7位)
相原  豊 (ゆか5位)
女子審判員 村上千佳子
女子選手 瀬尾 京子
26 1996(H8)年 アトランタ
男子団体10位
総監督 監物 永三
チームリーダー 外村 康二
男子審判員 三輪 康廣
男子コーチ 畠田 好章 (個人15位・あん馬5位)
男子選手 栗原  茂
田中  光 (個人19位)
内山  隆
女子団体12位
チームリーダー 芦原 泰子
女子コーチ 菅原  寛
林  秀紀
女子選手 菅原 リサ (個人29位)
小幡さつき
橋口 美穂
オリンピック体操で日本は戦後初めてメダル無しに終わった。
27 2000(H12)年 シドニー
男子団体4位
総監督 村上 哲朗
男子コーチ 長澤 憲一
男子審判員 後藤 洋一
男子選手 笠松 昭宏
女子審判員 村上千佳子
アトランタ大会に引き続き、2大会連続メダルを逃した。
28 2004(H16)年 アテネ
男子団体金メダル
総監督 塚原 光男
男子コーチ 立花 泰則
支援コーチ 松浦 聡志
男子審判員 後藤 洋一
男子選手 水鳥 寿思
女子監督 塚原千恵子
男子団体は1976年のモントリオール大会以来、
28年ぶりに金メダルを獲得した。
29 2008(H20)年 北京
男子団体銀メダル
総監督 塚原 光男
男子監督 具志堅幸司
男子コーチ 立花 泰則
男子審判員 後藤 洋一
男子選手 内村 航平 (個人2位・ゆか5位)
中瀬 卓也 (鉄棒5位)
沖口  誠
女子団体5位
女子監督 塚原千恵子
内村が日本人として初となる、10代での個人総合のメダルを獲得。
3大会ぶりに団体出場をした女子は堂々の5位入賞。
30 2012(H24)年 ロンドン