わが体操競技部の歩みは、その母体である本学の歩みと共に発展し、今日に至っています。
即ち、当部は明治26年、本学の前身である体操練習所設立以来の歴史と伝統のもとに培われ
てきたものです。そして今や名実共に世界の体操競技の殿堂として、その名を世に轟かせてい
ます。現在のわが国における体育・スポーツは多分に欧米諸国の影響を受けていると言われま
すが、特に体操競技の発展に影響を与えたのは、ドイツ式体操(ヤーンのトゥルネン)であると
言っても過言ではないでしょう。ドイツ式体操が紹介された当初、わが国では、兵式体操としてそ
の根をおろしていたと言われます。しかし、学校体育においても人間形成の一環として重視され、
今日にみられるような器械運動としての位置づけが成されるまでに至っています。一方、第1回
近代オリンピック大会(1896年、アテネ)以来、オリンピックの競技種目として体操競技が位置づ
けられていることからも競技スポーツとして専門的に練習するグループが徐々に増えてきました。
本学においても、日本の体操競技選手団が初参加した第10回オリンピック大会(1932年、ロサ
ンゼルス)以前からその熱が高まり、そのロサンゼルス大会には、本学関係から佐々野、武田
の両選手を代表として送っています。以来、各オリンピック大会、世界選手権大会には、本学か
ら数多くの選手を送り込んでいます。本学で学友会が設立されたのは、昭和26年のことですが、
それまでに同好会的に活動してきた各グループが学友会規約に則って部に昇格しています。当
部もそれまで部活動を続けてきていましたが、その年に学友会組織としての部昇格をみて、現在
に至っています。
 2001年10月21日に深沢230体育館が焼失して以来、多くの皆様に多大なるご迷惑をおかけして
きましたが、皆様からの激励や暖かいご支援をいただきながら、何とか今日まで歩んでくることが
できました。そして、2002年から健志台第3体育館の使用期間を経て、ようやく2004年9月に、『体
操競技館』完成という良き日を迎えることができましたことを、衷心より感謝申し上げます。今後とも、
我が体操競技部および体操競技館を末永く見守っていただければ幸いです。
              【日本体育大学体操競技研究室・同学友会体操競技部一同】 2005年1月
『230体育館』1970〜2001
2001年に残念ながら焼失してしまいましたが、
卒業生の思い出がたくさんつまった体育館です。

『第3体育館』2002〜2004
使用期間は短かったものの、たくさんのことを学ばせていただいた体育館です。

『国立スポーツ科学センター』(JISS)
火災の後はJISSを中心に練習させていただきました。
どうもありがとうございました。
『体操競技館』2004〜
たくさんの方々のご協力があって、やっと完成した
新体育館です。器械運動の授業でも使用します。
体操競技部の歩み